会社員として働いていると、ときどき理由のわからない息苦しさを感じることがある。仕事が極端に嫌なわけではない。給料も出るし、職場の人間関係もそこまで悪くない。それでも、帰りの車内でふと「このままでいいのだろうか」と思ってしまう瞬間がある。
何か大きな不満があるわけではない。ただ、日々があまりにも速く過ぎていく。気づけば一年が終わり、また同じような一年が始まる。その繰り返しの中で、自分が何を選び、何を捨ててきたのかを、ちゃんと考える時間はほとんどない。
そんな感覚を抱えたまま生きている会社員は、決して少数派ではないだろう。
だからこそ、今あらためて立ち止まって考えてみたい人物がいる。それが、幕末の思想家・吉田松陰だ。
一見すると、現代の会社員とは最も縁遠い存在に思えるかもしれない。命を賭けて時代に挑み、志半ばで刑死した人物。その生き方はあまりにも極端で、現実離れしているように映る。
しかし、松陰の生涯を「覚悟」という視点から眺めてみると、不思議なほど、今を生きる会社員の心に刺さってくる。
吉田松陰とは何者だったのか
吉田松陰は、わずか29年という短い生涯の中で、日本の歴史を大きく動かす人物を数多く育てた。
高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山県有朋。明治維新を支えた中心人物の多くが、松陰の教えを受けている。
だが松陰自身は、政治の表舞台で大きな成果を残したわけではない。藩に重用されたわけでもなく、むしろ危険思想の持ち主として扱われ、最後は命を奪われた。
それでも、なぜこれほど多くの人が、彼の言葉に心を動かされたのか。
その理由は、松陰が「正しいことを語った人」だったからではない。松陰は、「自分の信じた道を、恐れながらも選び続けた人」だった。
彼は常に迷い、悩み、恐れていた。それでも、自分が選んだ行動から逃げなかった。その姿勢そのものが、人を動かしたのだ。
松陰は弟子たちに、成功の方法や出世の技術を教えたわけではない。教えたのは、「どう生きるか」という態度だった。
吉田松陰のいう「覚悟」とは何か
吉田松陰の覚悟は、一般的にイメージされるような「恐れを知らない強さ」ではない。
むしろ逆だ。彼は恐れていた。失敗を恐れ、死を恐れ、孤立を恐れていた。それでも、その恐れを理由に行動を止めることはしなかった。
覚悟とは、恐れが消えることではない。恐れを抱えたまま、それでも自分で選ぶことだ。
松陰の生き方を見ていると、そんな言葉が自然と浮かんでくる。
覚悟とは、特別な使命を背負った人だけのものではない。派手な決断や劇的な行動を意味するものでもない。
覚悟とは、「自分の人生を、誰のせいにもせずに引き受ける姿勢」そのものだ。
選んだ結果がうまくいかなかったとしても、それを環境や他人のせいにしない。うまくいったとしても、慢心しない。ただ、自分で選び、自分で引き受ける。
松陰は、それを生涯を通して実践した。
なぜ会社員にこそ「覚悟」が必要なのか
現代の会社員は、ある意味でとても恵まれている。毎月給料が入り、社会的な役割もある。大きな失敗をしなければ、生活が急に崩れることも少ない。
だが、その安定と引き換えに、私たちはあるものを手放している。
それが、「自分で決めている感覚」だ。
仕事の内容も、働く時間も、評価の基準も、多くはすでに決まっている。その流れに乗っているだけで、一日は終わる。
気づかないうちに、「決めないこと」を選び続けてしまう。
転職しないのも、自分で選んだ結果のはずなのに、いつの間にか「仕方がない」「今は動けない」という言葉で、自分を納得させるようになる。
その状態が続くと、人生は少しずつ他人事になっていく。
大きな後悔があるわけではないのに、手応えがない。頑張っているはずなのに、どこか空虚だ。
それは、能力の問題ではない。努力不足でもない。
「覚悟をもって選んでいる感覚」が、日常から抜け落ちているだけなのだ。
吉田松陰の生き方は、そんな私たちに問いを投げかけてくる。
――あなたは、自分の人生を、自分で選んでいるだろうか。
会社員でも実践できる、人生を豊かにする覚悟の持ち方
ここまで吉田松陰の生き方を見てきて、「自分には無理だ」と感じた人もいるかもしれない。命を賭ける覚悟なんて、現代の会社員には現実的ではない、と。
だが、ここで一つ大切なことがある。
松陰の覚悟は、「人生を大きく変える決断」を求めているわけではない、ということだ。
覚悟とは、会社を辞めることでも、起業することでもない。もっと静かで、もっと日常的なところにある。
それは、「自分で決めている」という感覚を、日々の選択に取り戻すことだ。
たとえば、今の仕事を続けるという選択も、本来は立派な決断のはずだ。だが、多くの場合それは「変えるのが怖いから」「今さら動けないから」という消極的な理由で正当化される。
覚悟を持つとは、その選択を一度引き受け直すことだ。
「今はこの会社で、この役割を全力でやると決めた」
そう言葉にできた瞬間、同じ日常でも手触りが変わり始める。
覚悟は、環境を変える前に、まず視点を変える。
覚悟を「人生の大決断」にしない
多くの人が覚悟を誤解している。
覚悟とは、一度きりの大勝負だと思われがちだ。だからこそ、「まだその時じゃない」「もう少し準備してから」と先延ばしにされる。
しかし、松陰の覚悟は連続したものだった。
日々の言動、学び、対話、そのすべてに一貫した姿勢があった。特別な日だけ勇気を出したわけではない。
会社員にとっての覚悟も同じだ。
毎朝、どんな姿勢で仕事に向かうのか。
どんな基準で「やる」「やらない」を決めるのか。
誰の評価ではなく、何を大切にするのか。
そうした小さな選択の積み重ねが、人生を形作っていく。
覚悟を「一発逆転の決断」にしないこと。それが、長く豊かに生きるための第一歩だ。
今日からできる具体的な行動ステップ
ここからは、抽象論では終わらせないための具体的な行動に落とし込んでいく。
行動① 決断を言語化する
まずやるべきことは、今の自分の選択を言葉にすることだ。
「なぜ今の仕事を続けているのか」
「この一年で、何を大切にすると決めたのか」
頭の中でぼんやり考えるのではなく、紙やメモアプリに書き出す。
言語化できない選択は、覚悟にならない。
行動② 覚悟を見える形にする
次に、その覚悟を見える場所に置く。
デスクの引き出しでも、スマホのロック画面でもいい。
「自分はこの選択を引き受けている」
そう思い出せる仕掛けを作る。
人は忙しくなると、すぐに決断を忘れる。だからこそ、思い出す仕組みが必要だ。
行動③ 恐れがあるまま動く
最後に大切なのは、「恐れが消えるのを待たない」ことだ。
不安がなくなる日は来ない。自信が満ちる瞬間も、ほとんど訪れない。
それでも、小さく動く。
一つ意見を言う。
一つ提案してみる。
一つ学びを深める。
恐れを抱えたまま動く。その姿勢こそが、松陰のいう覚悟に最も近い。
覚悟を持った人の人生は、なぜ静かに豊かになるのか
覚悟を持ったからといって、劇的に成功するとは限らない。
収入が急に上がるわけでも、評価が一変するわけでもない。
だが、確実に変わるものがある。
それが、「納得感」だ。
うまくいかなかったとしても、「自分で選んだ」という感覚が残る。
評価されなくても、「自分の基準でやった」と言える。
この納得感が積み重なると、人生は静かに、しかし確実に豊かになっていく。
他人の人生を生きている感覚が薄れ、自分の足で立っている感覚が戻ってくる。
吉田松陰が弟子たちに残した最大の遺産は、地位でも名声でもない。
「自分の人生を生きる覚悟」だった。
まとめ:吉田松陰の覚悟を、あなたの人生へ
覚悟は、才能ではない。
特別な人だけが持てるものでもない。
それは、今日の選択を引き受ける姿勢だ。
会社員である前に、私たちは一人の人間として生きている。
流される人生から、選び取る人生へ。
吉田松陰の覚悟は、今この瞬間からでも、あなたの中に宿らせることができる。
解決策の根拠となる書籍と、その結びつき
『覚悟の磨き方』(吉田松陰・池田貴将 編訳)
松陰の言葉を現代向けに再構成した一冊。覚悟とは感情ではなく「姿勢」であることが繰り返し語られている。本記事で紹介した「日常の選択に覚悟を宿す」という考え方の直接的な土台となっている。
『嫌われる勇気』(岸見一郎・古賀史健)
アドラー心理学を通じて、「人生は他人の期待を満たすためにあるのではない」という思想を説く。本記事の「自分で選び、自分で引き受ける」という覚悟の定義と強く結びついている。
『エッセンシャル思考』(グレッグ・マキューン)
何を捨て、何を選ぶかに集中する思考法を提示する一冊。覚悟を「大決断」にせず、日常の選択に落とし込むという解決策の実践面を支えている。


コメント