そのイライラ、本当の原因は上司じゃない

気づき

「え、こんなことで?」と思うほど、心が荒れた日

久しぶりに、本気でイライラした。

感情が荒れている最中は、ただ不快なだけなのに、少し時間が経つと「この感情、どこから来た?」と自分に問いかけたくなる。今回はまさにそれだった。

原因は単純だ。上司から頼まれていた仕事を、私はまだやっていなかった。「早くやって」と淡々と促された。それだけのこと。

やっていない自分が悪い。それは大前提だ。言い訳の余地もない。それでも胸の奥に残ったモヤモヤは、思った以上にしつこく、静かに居座り続けていた。


理屈では納得しているのに、感情だけが追いつかない

頭では分かっている。

自分が悪い。
上司は正しい。
指摘されるのは当然だ。

それなのに、心のどこかがザワつく。

「あの言い方はなかったんじゃないか」
「別に怒られるほどのことでもないだろう」

そんな考えが、何度も頭の中を往復する。

もしこの感覚に覚えがあるなら、それはあなたが未熟だからでも、心が狭いからでもない。ただ、感情がちゃんと反応しているだけだ。


怒りの正体は、相手ではなく“ズレ”だった

ふと、昔読んだアンガーマネジメントの本を思い出した。

怒りは、相手の行動と自分の期待のズレから生まれる。

そうだとしたら、今回のイライラも、相手そのものではなく、自分の中にある「期待」と「現実」のズレを見ればいい。

そう思って、感情を一つずつほどいていった。


① 失われていた、ささやかなリスペクト

最初に気づいたのは、上司へのリスペクトが、知らないうちに薄れていたことだった。

どこかで私は、
「この人は分かってくれない」
「どうせこちらの事情なんて考えていない」

そんなレッテルを、無意識に貼っていた。

敬意を失った状態で言葉を受け取れば、同じ一言でも、鋭く刺さる。言葉そのものより、受け取る側の姿勢が、痛みを増幅させていた。


② “淡々とした目”に、意味を乗せすぎた

次に浮かび上がったのが、上司の視線だった。

怒鳴られたわけでもない。責められたわけでもない。ただ、淡々とこちらを見る目。

それなのに私は、その目を「冷たい」「見下している」と解釈した。

価値のないものを見るような目だと感じた瞬間、怒りは一気に輪郭を持った。

けれど冷静に考えれば、それは事実ではなく、私の解釈にすぎない。相手が疲れていた可能性もあるし、何も考えていなかっただけかもしれない。

他人の感情や評価は、自分の管轄外だ。その線引きを思い出すだけで、肩の力が少し抜けた。


③ 言葉にされなかった「私の期待」

三つ目は、期待とのギャップだった。

仕事を頼まれたとき、明確な期限はなかった。それなのに、後から「早く」という言葉だけが届く。

私は無意識に、
「いつまでにやればいいのか」
「難しければ相談していい」

そう伝えてくれる上司像を期待していた。

でも、それはあくまで私の理想であって、現実の相手とは一致していなかった。


怒りは、外から来たものではなかった

こうして並べてみると、怒りは誰かに投げつけられたものではなく、自分の中で少しずつ育てていた感情だと分かる。

では、どうすればよかったのか。


感情に飲み込まれないための、3つの視点

1. リスペクトを思い出す

相手を好きになる必要はない。ただ、この人がいるから仕事が回っている、という事実を認める。

心の中でそっと「穏やかでありますように」と願うだけで、感情の角は少し丸くなる。

2. 事実と解釈を分ける

淡々とした視線=見下し、ではない。それは私の物語だ。

事実だけを残し、解釈を脇に置くと、感情は驚くほど静かになる。

3. 期待を自覚する

自分は相手に何を求めていたのか。

そして、相手はどんな人物なのか。

その差に気づくだけで、「期待しすぎていたな」と一歩引いて見られる。


イライラは、自分を整えるためのサイン

1〜2時間、感情に振り回された。

それでもこうして言葉にし、考え直すことで、少しずつ熱は下がっていった。

イライラは、相手を心の中で責め続けるほど強くなる。そして最後には、必ず自分に返ってくる。

だからこそ、感情を敵にしない。排除するのでも、無理に抑えるのでもなく、「何を伝えようとしているのか」を聞いてみる。

そうできたとき、怒りはただの厄介者ではなく、自分を整えるためのヒントになるのだと思う。

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