目標は高く、行動は限りなく小さく
目標は、どこまでも高く掲げたほうがいい。
一方で、行動はどこまでも小さく、ベビーステップでいい。
この二つは一見矛盾しているようで、実は最も相性がいい。
人は無意識のうちに、自分で自分の限界を決めてしまう。
「これくらいならできそうだ」という安心できるサイズに目標をこじんまりとまとめてしまうのだ。
しかし不思議なことに、目標を小さくすると、その目標止まり、もしくはその目標にすら届かないことが多い。
人間は、目標の半分、あるいは80%ほどまで進んだところで、
「これはもう達成できそうだ」と感じた瞬間に、ふっと気を抜いてしまう生き物だ。
だから簡単な目標ほど、途中で止まりやすい。
「簡単なのに達成できなかった」という小さな失敗体験が積み重なると、行動そのものをやめてしまう。
だからこそ、目標は限りなく高く
だからこそ、目標は限りなく高く、自分に制限をかけずに設定したほうがいい。
今の自分から見て「絶対に無理だ」と思うくらいでちょうどいい。
その目標に向かう道筋の中で、人は必ず成長する。
到達できるかどうかよりも、向かう過程そのものが価値になる。
行動は、失敗しようがないほど小さく
ただし、あまりにも高すぎる目標は、やる気を失わせる危険もある。
そこで必要になるのが、行動を限りなく小さくするという発想だ。
今日やることは、驚くほど簡単でいい。
5分で終わること、失敗しようがないこと、やらないほうが不自然なくらいの小ささでいい。
大切なのは、成長そのものよりも「行動を止めない仕組み」を作ることだ。
小さな行動を積み重ねることで、気づけば昨日の自分とは違う場所に立っている。
それが結果的に、大きな目標へとつながっていく。
失敗の哲学と、成功の帝王学。
その両方を極めた先にあるのは、永遠に成長し続けるという幸福なのかもしれない。
いや、きっと手に入る。
いかにも昭和的な根性論に聞こえるかもしれない。
成功している人たちは、楽しく遊んで暮らしているように見えるから、あえて口にしないだけだ。
その裏には、365日24時間に近い、凄まじい努力がある。
それは表には出てこない。
本人だけが知っている努力であり、本人だけの美学だ。
もし本人がそれを楽しんでいるのなら、それはもう「遊び」なのかもしれない。
高すぎる目標を掲げ、小さすぎる一歩を踏み出し続ける。
その繰り返しの先に、成長し続ける人生がある。
解決策:高すぎる目標と、小さすぎる行動を両立させる
では、どうすれば「高すぎる目標」と「小さすぎる行動」を現実のものとして扱えるのか。
ここからは、考え方ではなく具体的な解決策に落とし込んでいく。
まず最初にやるべきことは、目標を一切分解しないことだ。
多くの人は、高い目標を立てると同時に「現実的なサブ目標」へ落とし込もうとする。
しかしそれをやった瞬間、目標は無意識のうちに安全圏へ引きずり下ろされる。
目標は、遠くに置いたままでいい。
見るだけで少し怖くなるくらいでいい。
その代わり、行動だけを分解する。
今日やることは、
机に座る。
ノートを開く。
アプリを起動する。
それだけでいい。
「これで何が変わるのか」と思うほど小さな行動で構わない。
なぜなら、人が本当に挫折する理由は能力不足ではなく、行動停止だからだ。
行動を止めないための考え方
行動を止めないためには、モチベーションに頼らない仕組みが必要になる。
やる気があるから動くのではない。
動くから、やる気があとからついてくる。
次に大切なのは、「できたかどうか」で自分を評価しないことだ。
評価基準は一つだけでいい。
行動をやめなかったかどうか。
結果が出ない日があってもいい。
何も進んだ気がしない日があってもいい。
それでもやめなかったなら、その日は成功だ。
この考え方を持つと、失敗の意味が変わる。
失敗は避けるものではなく、前に進んでいる証拠になる。
失敗しない人は、そもそも挑戦していないだけだ。
成長を目的にしない
そして最後に重要なのは、成長を目的にしないことだ。
成長は結果であって、目的ではない。
目的はただ一つ、続けること。
続けていれば、必ず視界が変わる。
できなかったことが、いつの間にか普通になる。
それが人間の成長だ。
まとめ
- 目標は、今の自分が到達できそうな位置に置かない
- 行動は、笑ってしまうほど小さく設定する
- 評価基準は結果ではなく、やめなかったかどうか
- 成長は狙わず、継続だけを狙う
高すぎる目標と、小さすぎる一歩。
この組み合わせを選び続けた人だけが、成長し続ける人生に辿り着く。


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