嫌いだったはずのチーズが、いつの間にか好きになっていた話

気づき

嫌いだったはずのチーズが、いつの間にか好きになっていた話

20代になるまで、私はチーズが嫌いだった。
三角チーズも、カマンベールチーズもだめ。
「癖が少ない」と言われるチーズですら、私にとっては立派に“チーズ味”で、口に入れた瞬間に「これは違う」と判断していた。

それなのに不思議なことがある。
小学生の頃からずっと、チーズそのものの見た目は好きだった。

とくに忘れられないのが『アルプスの少女ハイジ』。
丸くて大きなチーズを、三角に切り出し、暖炉で炙ってとろりと溶かし、あつあつを頬張るあのシーン。
味は知らないはずなのに、あのチーズはとてつもなく美味しそうに見えた。
「チーズ=まずい」という自分の感覚と、「でも、あれは絶対おいしいはず」という映像の記憶が、ずっと心の中で共存していた。

大人になり、お酒の席でチーズがつまみとして出てくるようになる。
正直に言えば、やっぱり最初はまずい。
でも、残すのも悪い気がして食べる。
誰かに聞かれれば、こう答えていた。

「チーズは嫌い。でも、見た目は好きなんだよね」

その言葉どおり、たまに出てきたチーズを、まずいと思いながらも食べ続けていた。

すると、ある日ふと気づく。
「あれ? 今日のチーズ、普通に食べられるな」
次は、「あ、これ意外とおいしいかも」
そして今では、特別な覚悟もいらず、普通に美味しくチーズを食べている。

あれほど嫌いだったはずなのに。

人の好みというのは、強固なようで案外あっさり変わる。
いや、変わったというより、時間をかけて慣れただけなのかもしれない。
嫌いだと言いながらも、完全には拒絶せず、ほんの少しずつ関わり続けていた結果、気づいたら「好き」の領域に足を踏み入れていた。

マーフィーがこの話を聞いたら、

「それは法則じゃない。
ただ、君が油断しただけだ

マーフィーの法則とは、
不幸になる法則ではなく、
自分の思い込みが裏切られる法則なのかもしれない。

「嫌いだと言い続けていると、いつの間にか好きになっている」
そんな法則があるなら、チーズはその代表例かもしれない。

人生でいちばん厄介なのは、
「嫌いだから避けているつもりで、実は関わり続けているもの」だ。

それは仕事かもしれないし、人かもしれない。
私の場合は、チーズだった。

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